これは幻想と虚偽にまみれた帝国に関する、とある戯言である。
いつとも知れぬ、とある時代の、どことも知れぬ、ある帝国の話とだけ言おう。
帝国に僭主がいる。
僭主は無知であるがゆえに、禁断の技術「劫火」を軽視し、弄んだ。
結果、天が怒り地が揺らぎ、「劫火」は溶け落ち、地獄の口が開いた。
地獄の口から湧き出した瘴気は、人々を害せんと地に広がり始めた。
溶け落ちた「劫火」はアスラの呪いにより再び燃え上がろうとしている。
アスラは謳う「街よ焼けよ、城よ熔けよ、地を貫く炎の槍よ産まれ出でよ」
僭主は驚き、「劫火」の技官を元老院に呼び、対策を問うこととした。
技官は、「劫火」を抑えるには、海洋神オケアノスの助けを求めるべきであると答えた。
オケアノスであれば、「劫火」をとりあえず鎮めることができる。
その後、「劫火」を夜の神ニュクスに託し、封じ込めるのだ...
僭主が問う「お前の言う手段を講じたとして、危機の訪れる可能性はあるのか」
技官が答える「限りなくゼロに近いが、ゼロではない」
補佐官が元老院に問う「技官の答はゼロではないである。」
元老院が答える「諾。技官はゼロではないと答えた。書記官は記録せよ。」
書記官、記録する。
補佐官が問う「回答は得られた。危機はゼロではない。わが主よ、危機は有りや無しや」
僭主が宣する「これは明白な危機である。その手段は封じる。他の策を選択せよ」
技官が応ずる「それは誤りだ。この策が現時点の最上の策だ」
補佐官が封じる「お前は言った、危機はあると。
元老院は聞いた、危機はあると。
書記官は書いた、危機はあると。
わが主は信じた、危機はあると。
これほど明白な危機があるというのに、その策を使えというお前は何者だ?」
技官無言
補佐官が宣する「わが主よ、次の指示を願います」
僭主が高らかに謳う「危機は訪れた。政治の季節が来た。
国家の威信が問われている。
不細工なまでに崩れた臣民の信頼を取り戻すときがきた。
私は宣言する。
技官よ、私が全てを差配する。私の指示に従え。
お前の不完全な策を私は採らない。私の知能が生み出す策に従え。
知っているか、私は学んだのだよ。
書籍を読み、噂を聞き、「劫火」とはいかなるものかを学んだのだよ。
噂ほど正しい知識は無い。私は今や専門家だ。
信じたまえ。私は正しいのだと、私の勘と経験が告げているよ。
よって、私の指示に従え、技官よ。
お前に失敗は許されない。いや、許さない。
私の策によって、私の名の元に、お前は成功しなくてはならない。」
技官蒼ざめたまま退場
溶暗
勿論、これはフィクションであり、某島国のドタバタとは関係が無いものと思われる。
ここに現れた僭主は、理解力の欠如、知性の不足を曝け出している。
とはいえ、某国の宰相とは違い、みかけは力強いリーダシップを見せているようだ。
しかし、某国の宰相と同じく、聞くべき事を聞かず、理解すべきことを理解しない。
そして、側近には、追従の輩を配置し、牙を抜いた諮問会議でアリバイを用意しているあたりも、デジャブである。
技官の無力さもまた然り。
技官は誠実に答えたつもりである。ゼロに近いと。つまり危険性は殆ど無い。
科学にゼロはありえない。よってゼロではないとも加えた。科学的良心の賜物だ。
しかし、彼の心には良心と名を変えた逃げの意識が根付いてもいる。
何故ならば、彼は僭主が求めているのが、そのような回答ではないことを知っていたからだ。
僭主は YES / NO だけを求めていたのだ。
本来、その要求は理性的なものではない。
戦争の開始直前、「勝てるか」と聞いたときに「勝てない」と答えることに意味が無いように、
既に進んでいる重大危機を乗り越えるための対策に「危険のあるなし」を求めることに意味は少ない。
僭主からすれば、技官は、戦争前の吉凶占いと同じく「成功します」と答えればよかったのだ。
もはや理性ではない。信仰に近い。不安のかけらも無い幻想を手に入れたかっただけなのだ。
技官はそれを知りつつ、理想に逃げた。結果、彼の提案を僭主は受け入れなかった。
補佐官は僭主の心を知っている。
僭主は YES を求めている。よって、YESになる選択肢を求めた。
彼は単純なYES-MANではない。僭主の心の中にYESになる選択肢が無くても、YESを紡ぎ出す力がある。
丁度良い製造機械があるではないか。元老院だ...。
議論すれど永久に回答を産むことのない装置である無力極まりない元老院に、
YESを作らせればよいではないか。
元老院はYES-MANに問いかけられることで、YESを生産する。
僭主の望むがままに議論を生み出す。
結果など読むに耐えずともかまわない。
僭主の心に沿えばよい。
元老院の存在価値はそこにあるのだから。
この結果、僭主も幻想の先に踏み出す勇気を得る。
僭主の命令によって、技官たちの「劫火」への対応が進んだ。
瘴気の中を戦士たちは突き進み、熱鬼、蒸鬼、を退治していった。
しかし、退治しても退治しても瘴気は留まることを知らず、街を襲い、食物を汚染した。
臣民の怨嗟の声は高まり、選帝侯たちは僭主を引き摺り下ろすための工作を始めた。
戦士たちの中にひときわ目立つ男がいた。彼は「劫火」を管理していた高等技官だった。
彼は、本部から齎される多くの誤った指示に怒り、独自の解決策を求め、僅かな仲間と共に「劫火」の城に拠って戦い続けていた。
そして、独断にて、オケアノスの封印を解き、「劫火」の冷却を図る。「あの」技官の提言を実行したのだ。
それが後になって、彼自身の悲劇につながるだろうことを予感しつつ、である。
途中、オケアノスの放った力が溢れ「劫火」を守る城壁が破砕され、慌てた僭主が中止を命ずるも、
戦士たちは封印を解いたままにして、「劫火」と戦い続けた。
結果、「劫火」は冷却に向かう。
多くの戦士たちの屍を作りながら。
多大に悲惨な状況になりつつも、「劫火」は鎮火しつつあった。
僭主も、戦士たちが命令を聞かなかったことは不快に思いつつも、結果は認めるに至る。
アスラは退却していないまでも、破滅をもたらす力を喪ったかに見える。
仮初の成功を受けて僭主の傲慢は高まり、臣民の蔑視を受けて技官たちはさらに自信を喪う。
技官たちの内部的な分裂が起き出した。これは以前からあったことなのだが、複雑に絡み始めた。
技術軸の対立。
「劫火」を推進させるべきか、制御できる範囲内で使うべきか、タルタロスの彼方へ葬り去るべきか。
「劫火」が機能できていない間に何をすべきか。
国威の発揚を抑え節約すべきか、「劫火」の代わりとなる「陽炎」技術に踏み込むべきか、
いや、隣国「中つ国」「北海国」から供給を仰ぐのか、....新たな「劫火」の建設に踏み切るのか。
陽炎技術は劫火ほどの危険性は無いが、高価であり、希少金属に頼りすぎであり、何より、小規模に過ぎ、天候に左右される。
賢者達は懸念するが、僭主を憚り意見を言うことはない。
政治軸の対立もある。
僭主とその周りにいる官僚群に癒着した従来路線でいいのか、独自の発言力を持ち死を覚悟した路線に踏み出すのか。
独自の発言力をもったところで、僭主に伝わるまでに、その意見は捻じ曲げられ、骨抜きにされ、寄生虫たちに利用されるのみだ。
僭主に伝わった所で、僭主自体に理解力があるかどうかも疑わしい。
.....。
僭主は叫んでいる。
「陽炎を帝国に広げるのだ」
「帝国内の劫火は一度停止だ!」
「劫火とて否定するものではない。安全ならば使おう」
「南蛮渡来の瘴気除去技術を帝国が導入した!臣民は負担せよ!!」
「耐えよ、負担せよ、帝国は臣民の忠誠心を求める!」
「未来は私の発想によって生み出されるのだ!!」
「諸国皇帝会議では我が帝国の復興が近いことを訴える所存である!」
「帝国の未来は、臣民の忠誠心、つまり、納税によって創り出される。
臣民よ、耐えよ、耐えよ、耐えよ!!」
さて、日は移ろい、茶坊主たちが蠢き出す。
茶坊主「我が主よ、神の如き偉大なる御方よ、御忘れか、貴方に謀反された戦士がいたことを」
僭主「ああ。しかし、別に気にすることも無いではないか」
茶坊主「いや、一事を許すは万事の崩れに繋がるというもの。処断するにこしたことが無い。
アスラの危険も減ったことではあるし。」
補佐官「選帝侯たちの動きも気になる所です。」
僭主「ふむ。では処断するが良い。」
翌日、戦士は従容として罰を受けた。
晒された首を見て二つの影が会話する。
「わしとて神。別にこの国を滅ぼしたくて滅ぼすのではないぞ。
お主が余計なことをするから、あたら忠義の戦士が死ぬ。
地獄の口を封じていた最大の力を、わざわざ取り除きよる。
そんな馬鹿ども、一度滅ぼすにしくはないと考えるのだが、
まだ余計な手出しをするかえ?」
「ふん。もはやわしの力など、奴らは求めないだろうさ。
塩混じりの水など、いらんとのことだからな。」
「では、オケアノスよ、見ているがよい。この帝国に新たな災厄を齎そうかと思うのだ」
「アスラよ、戦士に免じて劫火だけは手をつけないで置いてもらえるか」
「ふむ。そうかえ。では、手出しはやめようぞ。しかし、彼らが勝手にすることまでは止めはせぬ。」
「.....なるほど。アスラよ、人が悪いの」
「わしは人に非ず、神である。祟り神である。」
汚染水を巡る南蛮国との取引が巨額になり、資金繰りを悪化させた。
財務官達の施策が破綻し、彼らは臣民たちに更なる負担を求める。「復興税だ!」
新たな税は景気の悪化を呼び起こす。
さらに、劫火を失った帝国は生産力も輸送力も失い国力を低下させていく。
国力の低下は国軍の弱体化を生む。
僭主は低下した戦力を補うため臣民から成人男子を徴発し国粋思想を植え付ける。
精強な軍隊が出来あがった。
皮肉にも、それは怒れる臣民に戦うことを思い出させ、都市と辺地における反乱に繋がった。
僭主が送り込んだ精強な鎮圧部隊が市民を虐殺するに至り、諸国皇帝会議は僭主を暴君と認定するに至る。
帝国は内と外に敵を抱え、さらに増大した負担は、臣民を更なる困窮へと向かわせた。
疲れ果てた臣民は、劫火を放置して去るに至る。
劫火は冷え始めてはいたが、その炎は止まったわけではない。
相変わらず、数千度の炎が、燃え続けていた。
吹き上がる蒸気、溢れ出る汚水...。
驚いた僭主が軍を送り込むも、技術の無い軍は手を拱いているばかりだ。
そして、数日後、劫火の底から地獄の蓋が開き、無数の魔物と夥しい量の瘴気が溢れ出て、
島々を覆い隠し、全てを飲み込み、帝国は滅び去ったのであった。

0 件のコメント:
コメントを投稿